灰色の石の墓 La Tombe de pierre grise

 それは古びた——ひどく年古りた墓だった。時代のついた墓石は灰色にくすんでいた。墓は劫を経た古森のただ中に開けた空き地にあった。樹々の幹は苔と地衣に覆われていた。その下の地面には樫の古木の高みからドングリが降り敷き、黄色い落ち葉が絨毯のように地を覆っていた。来る日も来る日も、ひとひらひとひら葉は枝を離れて大地に降りつもり、大風の吹く日には、海の波のように頭をもたげた黄色の絨毯の立てるざわめきが樹々の天蓋の下に鳴りわたった。この森の奥の空き地にある池は、風に吹かれた落ち葉に水面を覆われ、淀んでいた。そして時に落ち葉の覆いが割れると、黒く深い水が姿を現し、見る者は身を震わせて後じさりするのだった。
 森はむっとする暑い空気に包まれていた。朽ちた葉群からほてった蒸気が立ちのぼり、池の水は手に生温かく触れた。空に輝く陽の光は樹々の葉に遮られたが、蒸れた気はあたりに立ちこめ、池を覆う靄はなおも濃くなり増さった。
 この地に雨の降るとき、生い繁った樹々の葉を伝わった雫は埃に黒く汚れ、一滴一滴静かに音もなく、死せる葉群の寢床の上に滴り落ちるのだった。
 この森の中の空き地に賑わいは無縁であった。沈黙のしじまを破るいかなる生き物とてなかった。黄昏刻には、墓碑の上に据えられた古い石の梟の姿が見分けられた。
 ああ!その墓のなんと古びていたことか!葉末から絶え間なく滴る雨だれがところどころに穴を穿ち、墓石に刻まれたいにしえの彫像は一面の黴に覆われていた。樫の木には折れた枝が落ちかけたまま引っ懸かり、根もとには朽ちた葉がうずたかく積もっていた。

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 これが僕が若い頃目にした風景だ。生い繁った古木の頂きにある巣の高みから、僕はこの空き地をじっと眺めたものだった。眺めるたび、僕は深い孤独に囚われて、暗がりに沈む死せる葉群れと、決して青空を見ることのない黒みを帯びた池に歎きの声を挙げたのだ。
 そしてわが幼き日々は過ぎ去り、僕は兄弟の鳩たちとともに、エジプトの燃える沙地を目指し旅立った。けれども、僕はあの寂しい空き地と黒い古池、そしていにしえの灰色の墓を忘れたことはなかった。やがて僕の心の孤独が、より深い絶望の景をその慰めに求めたとき、僕はアラビアの沙漠を離れた——僕は樫の繁る地へと戻ったのだ。
 故郷に到着した僕は、わが暗き森を長い長い間探しまわった。ところが森は見つからなかった。というのも、かつて森のあった場所には緑の草原がひろがり、清澄な湖がその水面に青々とした古樫の木立を映し出していたのだ。澄んだ湖の傍らには灰色にくすんだ古い墓があり、石の梟が墓碑にとまっていたけれども、墓石を覆っていた黴はすっかり消え去り、彫像は花の冠で飾られていた。
 そこで僕は、わが古き友ナイチンゲールに、僕の古い樫の森と寂しい空き地、そして真っ黒な池はどうなってしまったのかと訊ねた。すると、彼はこう歌った。「君がここを離れたとき、おお、鳩よ、旅人よ、すべては暗くか黒かった。そして君は帰って来た、すべてが明るく緑に包まれたこの場所に。
 なぜなら黒き樹々の葉の下に、ふたりの恋人たちがやって来たのだ。そうして寂寞の光景に、彼らはその身をおののかせたのだ。
 けれどもふたりが空き地に足を踏み入れたとき、幾星霜の昔よりこのかた初めて、太陽の光が樫の葉群を貫いたのだ。
 そして黒き水面は煌めきを返し、陽光に変じた水は明るく澄みわたった。
 やがて黒き森は緑なす草原となり、古びた墓も姿を変え、ふたりの恋人たちは永遠の愛を謳歌することとなったのだ」。