ヴィオレット Violette

 あのね、叔父さん、年とったお爺さんだったの。とってもとっても年とってて。腰はすっかり曲がって、背中は波を打つようで、どこもかしこもそんな感じ。それで手回しオルガンを弾くの。あのね、ずっとおぼえてるわ。だって大好きだったから、手回しオルガン。長い長い音がするのよ。女の子が歌を歌ってるみたいな感じかなあ。でもそのお爺さんのオルガンは壊れちゃってたの。ハンドルを回すと——すてきなすてきな音がして、それから急に止まっちゃう。どうしてだかわからないの。声がしゃがれてしまったみたい。ほんとに、わたしお爺さんが大好きだった。まず目が優しそうだったの。青い目で、とっても深い深い色で、まるで海みたいな感じかな。——それから——ええと、白くて長いあごひげ。とってもきれいできれいで、猫ちゃんの毛みたいだった。それでね、叔父さん、パパと一緒にいると、そのお爺さんがうちの庭に来て、悲しい悲しい歌を歌うの。——わたしが泣くと、パパはいつもお前はお莫迦さんだね、そんなもの気にするんじゃないよ、って言ったわ。でもそんなこと言われたって、私は感動したんだもの。それからね、叔父さん。お爺さんのきれいな目は動いたことがなかったの。少しもよ。それで、わたしは一度こんなふうに訊いたわ。《ねえお爺さん、どうしてわたしを見てくれないの?》——《お嬢ちゃん、わしが目しいだからだよ》——わたしは意味がわからなくって、パパに訊いたの。パパが教えてくれて——わたしってお莫迦さんじゃない?——ベッドの中で眠りにつくまで泣いたわ!だけど、ねえ叔父さん、何も見ることができないなんて、とってもかわいそうじゃない!いつも暗闇の中にいるなんて、きっととっても寂しい寂しいわ。でもお爺さんは、いつだって楽しそうだった。
 それから、お爺さんは犬も飼っていたの。ああ、可愛い犬だった!あれ?変ねえ、名前が思い出せないや。でもまあ、わたしはその犬が大好きだった。ママの戸棚からこっそりもらったお砂糖をあげたこともあったわ。
 あっ!叔父さん、そんなに目を丸くしないでよ。自分のためじゃないってわかってるでしょ。じっとしてられなかったのよ。
 でもすごくおかしな犬だった。お爺さんが《プロシアのためにジャンプ!》って言うと——ただ唸るだけ。怖い怖い声で。するとお爺さんは言うの。《黙らんか、老いぼれの不平屋め!ご令嬢が怯えておられるぞ!》って。ご令嬢って私のことよ。それで今度は《フランスのためにジャンプ!》って言うと、もうその犬ったら飛び跳ねて飛び跳ねて、なんだろう、昔サーカスで見たピエロみたいだった。その犬はお爺さんに何でも持ってきて、お爺さんの食べ物も買いに行ってたのよ。——ほんとだってば、叔父さん。お金をくわえてパン屋まで行って、パンをくわえて帰って来るの。ああもう、何か持ってきた時の得意そうな顔ったら!
 それでね!叔父さん、ある日からこんなふうに、お爺さんはやって来なくなったの。変じゃない?きっと死んじゃったんだって、時々わたしは思うわ。あんなに年をとっていたんだもの!あの犬もきっと吠えたでしょうね。犬は人が死ぬと吠えるって言うから。そうね、叔父さん、わたしがお莫迦さんだって言うんでしょ。でもね、時々夜にお星さまを見上げると、高い高い空から、あの優しい青い目がわたしを見てるような気がするんだ。