造物神モルフィエル伝 Vie de Morphiel, démiurge

 モルフィエルは、他の造物神たち同様、〈至高存在〉がその名を口にしたときに、実在の世界へと呼び出された。するとたちまち、彼はサール、トール、アロキエル、タウリエル、プタイール、そしてバロキエルと同じく天の工房にいた。この仕事部屋を司る造物神たちの長はアヴァタールであった。彼らはみなせっせと、想像から生みだされた原型にしたがって世界を建造した。アヴァタールはモルフィエルに、彼の分の土と水と金属とを与え、そして髪を造る仕事につけた。他の者たちは鼻や目や口や腕や脚をこねあげていた。バロキエルは畸形の係で、主任のアヴァタールに完成品を渡す前に、出来上がりの形にひねりを加えるのが仕事だった。実際、造物神たちの何名かは、もっと上の別の世界で働いた経験があり、このわれわれの世界は少し違ったものにするのがよいと思われた。ひとつ上の世界では、人間はちょうどプラトンが語ったように、円く並んだ四本の手と四本の脚で蟹のように歩いていたのだが、アヴァタールの発案でバロキエルが腕を振るい、男女ふたつの性に分割された。もっと下の世界にはひとつの島があり、アヴァタールはここへさらに分割した人間を住まわせた。彼らはひとつの目とひとつの耳と一本の脚しか持たず、脳髄はふたつの半球からなる代わりに、一個の丸い球のかたちをしていた。われわれの世界での偶数はすべて、彼らにあっては奇数であった。というのも、彼らは単子葉植物や、海岸の岩にくっついている管状生物のような具合に造られており、空間の第二次元を知覚せず、宇宙は飛び飛びの不連続体であると考えていたのだ。そうして、身体の真ん中から生えた脚で飛び跳ねながら、われわれにとっては壁や山のような通過不能に見えるものも軽々と通り抜け、数を数えるときには一、三、五、七、と数えるのだった。愛を交わす際にも、ふたりになることは決してなかった。そもそも対という概念がなかったのである。かわりに、三人、五人、もしくは七人が口をぴったり合わせあって小さな群れをなし、果てしない悦楽を味わうのだった。そんなとき、天の穴から神が見える、と彼らは信じた。この島の動物たちもそんな具合に造られていた。植物もまた同じ。だから目にとまるものといえば、ぴょんぴょん跳ねまわる姿や、一枚きりの葉を巻きつけたひともとの茎ばかりだった。これらすべてが、仕事熱心な造物神たちのなせるわざだった。
 造物神たちの用いた原型は、他の宇宙を織りなす素材となった、エーテル、精妙の火、金剛石の蒸気といった希少な物質でできていた。この原型に似せて地上の物事は造りあげられたのだが、アヴァタールは働き手たちに、土と水と金属のほかには、いかなる素材を用いることも認めなかった。何名か、もっと洗練された仕事に馴染んだ者たちが不平をこぼした。アヴァタールは彼らに沈黙を強いたうえ、ひとりひとりのもとを巡り、その手わざを注意深く点検してまわった。また、働き手たちの間には、大きな嫉妬の念が渦巻いていたことも考えておかねばならない。より高貴な部位を造る者たちは、熟練の陶工がそうであるように、自らを恃むこと大であった。反対に、より程度の低い部位を割り当てられた者たちは、幸運な同僚を羨み、自らのしがない壺焼きの仕事をいやいや遂行した。こうして、へそや足の爪の造り手は、創造のあいだ絶えずぶつぶつ文句を言い、かたや、瞳を磨き、回し、色づけする者たちは、他の造り手たちを見くだすのがつねだった。モルフィエルはといえば、アヴァタールに命じられた仕事に根気よく励み、太い髪、細い髪を引き伸ばしつづけていた。
 かくして造物神モルフィエルの生涯は過ぎていった。それは、看守の見張りのもと獄舎で働く囚人の生によく似ていた。何らの変化もそこにはなかった。〈至高存在〉が世界の創造を決意するやいなや、神々自身もまた、自ら行う創造の法則にしたがわねばならなくなった。世界の精髄を造りだす身でありながら、下界の働き手たちが抱くのと同じ存在の苦痛と単調さを、彼らは味わった。物事を生みだすのがモルフィエルの力であったにもかかわらず、その身の上にはとくに語るべき何事も起こりはしなかった。
 だが、彼は自分自身の作品に恋をしてしまったのだった。そしてもっとも上出来の髪を、アヴァタールの目に入らないよう、巧みに隠しておくようになった。この世界の創造が完了すると、造物神たちはまた別の世界の仕事にまわされた。新造の宇宙には、髪というものはどこにも存在しなかった。それゆえ、モルフィエルは盗んだ品を手にあてどなくさまよった。それはたいそう美しい髪で、すべすべとした手触りに黄金の輝き、あくまで長くしなやかに、触れればモルフィエルの心は悦びに満ちた。
 さて、造物神たちがとりかかった新しい世界は、雄と雌の魔物の世界だった。彼らは人間と同じように造られていたが、ただ一点、髪のあるべきところにはとさかと羽冠があった。雌の魔物の一人、エヴェルトが、モルフィエルの携えた荷に目をつけた。欲望に駆られた彼女は、モルフィエルからかけがえのないものを奪い去り、自らの頭を女の髪で飾った。モルフィエルはエヴェルトを見つめた。彼女はモルフィエルをやさしく愛撫した。モルフィエルには、その髪飾りを返してくれとは言えなかった。造物神といえども聖人君子ではないのである。しばしのあいだ、エヴェルトはモルフィエルのもとで気ままに過ごした。それから、まさしく悪魔の面目躍如、地上の雌どものなかへ潜りこんでしまい、見分けようもなくなった。あちこちで、彼女は滑らかな黄金の髪をなびかせ現れた。哀れな男どもは彼女を愛撫し、また彼女の愛撫に身をまかせた。ちょうどかの造物神がそうしたように。そして雌の魔物エヴェルトは、女たちのあいだで名を知られることとなり、彼女らには意地悪と悪徳の限りをつくした。その有りさまときたら、しまいには見張り役の神々がうろたえて報告にあがったほどだった。
 ただちにアヴァタールが召し出され、モルフィエルを罰するため捜索に送り出された。下界でのモルフィエルは、吝嗇家が金を扱うような手つきで大事な宝物をいとおしんでいた。アヴァタールはその首根っこを引っつかみ、愛する手製の髪と一緒に天の門のひとつに吊しあげた。かくして、罪を犯した造物神の末路はここに窮まったのだった。