三人の税関吏 Les Trois gabelous

 《おい、ペン=ブラス、聞こえないか?櫂の音だぞ》〈長老〉はそう言って、干し草の山を払いのけた。その下でいびきをかいているのは、沿岸警備を務める三人の税関吏のうちひとり。眠る男の巨大な頭は防水外套になかば隠れ、眉には干し草の茎が突き立っている。釘止め板の扉の陰になった引っこみに、〈長老〉はランタンの揺らめく灯をかざし、仕切り板の上に寝そべる男を照らした。泥で固めた石積みの壁の隙間から吹きこむ風がひゅるひゅるとささやく。ペン=ブラスは寝返りを打って何ごとかもぐもぐと呟き、なおも眠りつづけた。が、〈長老〉の手に荒々しく押しやられ、仕切り板から転げ落ちると、屋根の叉木の下に、大股を踏ん張り、目を丸くして立ち上がった。
 《何ごとだってんだい、〈長老〉?》男は尋ねた。
 《しっ!聴け……》相手は答えた。
 息をひそめたふたりは、聴き耳を立て、霧雨に煙る闇に懸命に目を凝らした。西から吹く風のあい間あい間に、規則的に水を拍つ静かな音が聞こえた。
 《侵入者だ!》ペン=ブラスが言った。《〈キジバト〉のやつを起こさねえと》
 〈長老〉は外套の袖をかざしてランタンの灯を風から守りつつ、ひしゃげた屋根のごとく断崖の上に這いつくばったあばら屋の壁に沿って進んだ。〈キジバト〉は小屋の反対側、野を望む納戸のつきあたりに寝ていた。干した土と藁とをこき混ぜて木組みの梁を埋めた仕切り壁が、あばら屋をふたつに分けていた。三人の税関吏は、海岸に沿って走る曲がりくねった小道*1に立ち、耳をそばだて、濃密な夜の闇を見透かそうと試みた。
 《たしかに漕ぐ音が聞こえるわ》しばしの沈黙の後、〈長老〉は呟いた。《しかし妙だな。櫂の音にしてはずいぶんくぐもっとるではないか……なめらかすぎるというべきか。パチャパチャという音ではないな》
 ひとときのあいだ、彼らはフードに手をかけ風をよけつつ、その場に立ちつくした。〈長老〉は長いことこの任務に就いていた。こけた頬に白い口髭、しょっちゅう左右に唾を吐くのが癖だった。〈キジバト〉はハンサムな若者で、見回りにあたっていないときなど、夜警課の誰よりもうまく歌を唄った。ペン=ブラスは窪んだ眼に丸々とした頬、鼻は鉤鼻で、片方の眼の隅からだぶついた頸まで、赤紫の痣が走っていた。若い頃国境線で日を送るようになって以来、ついて回った渾名が〈石頭〉。というのもこの男、配給の缶詰を分けあう際など、三分の一を食べておきながら、まだ四分の一だと言うようなふざけたところがあったからだ。そして現在、ケルトの言葉を話すこの地では、その渾名をとってペン=ブラス*2と呼ばれている。彼ら、この三人の税関吏たちは、オー港の警備係であった。オー港はブルターニュの海岸に切り込んだ長い入り江で、サブロンとマン港との中間に位置する。暗い岩壁に挟まれた海が打ち寄せる黒い浜には、腐ったムラサキイガイと爛れた海藻が、うずたかく山をなして眠っている。イングランドから、またしばしばスペインからの密輸船がここへ着岸し、ときにマッチが、地図が、蒸留酒が、砂金を対価にやりとりされる。地平線の奥手には夜警課の白い建物が頭をのぞかせ、その裾は小麦畑の中へ溶けこんでいた。
 夜の闇がすべてを覆っていた。崖の高みからは、海岸線を縁どる水泡の帯と、きらめく波頭の頻りにうち寄せるのが見下ろせた。茶色がかった海の上で目につくものといえば、波のうねりの崩れゆくさまだけだった。三人の税関吏は構え筒の姿勢のまま、崖の上から黒い浜へとつづく小石まじりの小道を駈け降りた。ぬかるみにブーツの足をとられ、鋳鉄の銃身を夜露に濡らしつつ、三つの外套の影は縦列を組んで行進した。道の半ばで立ち止まり、岸の方へ身を乗りだしたその姿が、驚きに打たれ石のように固まった。その目はじっと一点に吸い寄せられていた。
 オー港の崖の口から、海岸に沿って二十鏈*3ほどの先に見えたのは、古めかしい型の一隻の船であった。遣り出しに懸けられた舷灯が、あちらこちらに揺れている。船首の赤い三角帆が、ちらちらと血だまりめいて照らされている。艦載の上陸艇は岸の近くで立ち往生し、見馴れぬ身なりの男たちが、重荷に腰をかがめながら、泥の中に膝まで浸かって岸辺へと向かっていた。何名か、荒織りの外衣と覆面に身を包んだ者どもが、硫黄の火に似た光を放つランタンをかざしている。顔はいずれも見分けかねたが、革の兜と、破れ目のある青や薔薇色の胴衣と、羽根飾りのついた縁なし帽と、膝丈のズボンとシルクの靴下とが、緑がかった光の下で交錯していた。金銀の糸で縫い取りをしたスペイン風のケープの陰で、肩帯や腰紐に取りつけられた七宝のバックルが輝き、短刀の柄や長剣の鐔が光を放った。鉄兜をかぶり、円楯と矛を持った男たちが二列になって、荷物を運ぶ隊列の脇を固めていた。誰もが忙しく立ち働いていた。ある者は崖に向かって火縄銃の筒先を向け、またある者は、海軍士官風の胴衣とマントを身にまとい、鉄の帯を嵌めた縦長の箱を背負って重たげな足取りで進む男たちを、身振り手振りで指揮していた。その立ち回る姿、鎧の金属片は触れあい、矛と矛とがぶつかりあい、人と人とが入り交じり立ち騒ぐその様子にもかかわらず、三人の税関吏の耳にはいかなる物音も届いてはこなかった。彼らのひろがった外套と裾長の衣とが、あらゆる喧噪をおし包んでしまったかのようだった。
 《やつら、スペインから来たにちがいねえ、このごろつきどもめ》ペン=プラスが小声で言った。《後ろから一網打尽にしてやらあ。一発ぶっ放して夜警課の連中呼び寄せてやる。だが今は黙ってこの眼で見てやろうじゃねえか。やつらが荷を降ろすところをな》
 塩気まじりの空に向かって伸びた桑の垣根の陰に身をかがめ、ペン=ブラス、〈長老〉、〈キジバト〉は、小道の果てまで密やかに駆けた。山査子の枝間から朧ろな光がほの見えた。砂浜まで早あと一歩という時、突然光は消え失せた。密輸入者の雑多な群れを見つけだそうと、三人の税関吏がいくら目を皿のようにして見回してみても無駄であった。影すらもなし。死んだように静かな水面まで、彼らは走った。〈長老〉のかざしたランタンの灯が照らしだしたのは、黒い海藻の帯と、ムラサキイガイに絡む藻の腐った山ばかり。とそのとき、泥の中になにかの燦めきが目を撃った。〈長老〉は飛びついた。それは一枚の金貨であった。喰い入るように凝視めた税関吏たちは、それが政府の鋳造したものでない、奇妙な刻印を捺された金貨であることに気づいた。ふたたび彼らは耳をすました。風の流れに乗って、すすり泣くような櫂の音がたしかにまた聞こえた。
 《やつら船を出したぜ》〈キジバト〉が言った。《早いとこスクーナーを出せ。あの船ん中には黄金がいっぱいだ》
 《確かめねばな》〈長老〉が応えた。
 税関の小船がもやいを解かれ、三人はいっせいに飛び乗った。〈長老〉は舵を取り、ペン=ブラスと〈キジバト〉は櫂を手に。
 《わっせい!》ペン=ブラスが言った。《野郎ども、しっかり漕げい!》
 小船は白い波頭の上を飛ぶように走った。オー港の入り江はたちまち、陰になった切れこみでしかなくなった。前方には、一面の波頭が逆巻くブールヌフ湾がひろがっていた。行く手の右側で、赤みがかった光が規則的に点滅していた。小糠雨の切れ間に、光は時おり見え隠れした。
 《夜か。そうだ!》舷灯のほのかな明かりの下で、吹き出ものを掻き毟りながら〈長老〉が言った。《今宵は新月だ。サン=ジルダの岬を回るとなったら、目の玉ひんむいておかねばならんぞ。あの脱税者めら、どこを通るかわかったものか》
 《前方注意!》ペン=ブラスが叫んだ。《あそこだ!》
 三鏈ほど風下に、黒ずんだ船が波に揺られていた。上陸艇はいまは格納されていた。帆を畳み、水の上を滑ってゆく。船首の三角帆だけがはためき、縦揺れのたびに、真紅のその先端を海の波が洗った。喫水の高い船体の板材には隈なく瀝青が塗られ、城砦の黒い壁を思わせた。砲眼の奥に七門の大砲が、赤銅色の口を開けているのが右舷に見えた。
 《わぉ、でけえ!》〈キジバト〉が言った。《力をこめろ!漕ぎまくれ!追いついてみせるぞ。もう三鏈もないぜ》


   ほうら、力を合わせりゃひとつ
   みんなひとつは楽しいな!
   ひとつになってさあ行くぞ
   ひとつになってさあ来たぞ


 だが目指す船は、それとわからぬほど静かに逃げ去ってゆくのだった。あたかも、追われる鳥が羽ばたくことなく空を滑るがごとく。船尾楼が幾度も目前に迫った。舵手はひたすら上甲板を見据えていた。毛織りの縁なし帽をかぶった、落ち窪んだ眼の骸骨のように骨張った人影がいくつも、船縁の手すりに沿って身を乗りだしていた。ぼんやりと赤い光に照らされた船室から、ざわめきと貨幣のぶつかりあう響きが聞こえてきた。
 《くそっ!畜生め》ペン=ブラスが言った。《ちっとも近づきゃしねえ》
 《確かめねばならん》〈長老〉は静かに言った。《言わば、我々は妖精の船を追って洞穴から飛び出た狩人だな》*4
 《狩りなんかじゃないぜ!》〈キジバト〉が叫んだ。《あそこに積んでるのは黄金だ!》
 《間違いねえ、積んでるのは黄金だ》ペン=ブラスが繰り返した。
 《いずれ黄金だろうて。おそらくはな》〈長老〉は応じた。《この仕事に就いたころ、船乗りたちの噂にジャン・フローランの船のことをよく耳にしたものよ。遠い昔の私掠船の船長でな。スペイン王のもとへ護送中だった何百万もの黄金を奪ったというあれさ。その荷がまだ降ろされていなかったのだと考えるほかあるまいな。確かめねばならん。いずれにせよだ》*5
 《そいつは幽霊話じゃねえのかい、爺さん》ペン=ブラスが言った。《そのフローランって奴ぁ、ずっと昔の王様の時代に、海に呑まれたって話だろ》
 《そうとも》〈長老〉は頷いた。《帆桁の先で最後のダンスを踊ったのよ。宙返りして真っ逆さまさ。だが奴の仲間はどこかへ潜ったにちがいない。誰もそいつらを見かけていないからにはな。ディエップでも、サン=マロでも、バスクのサン=ジャン=ド=リュスまでのあらゆる海辺で、やつらは船乗りの中に紛れこんどる。知られた話だ。海の上では、船乗りたちのあいだではな。いや、陸でもだ。奴らがどこかの島を手に入れていないか、誰が知ろう?手頃な島ならいくらでもあるのだからな》
 《ちぇっ!島ときたぜ》ペン=ブラスが言った。《だが、その孫のまた孫ってとこだろ、あの船に乗ってんのは。その何百万だかの黄金を積み降ろそうとしてる奴らはよ》
 《そうかもしれん。だが誰にわかる?》目をしばたたき、舌のできものを押し潰しつつ〈長老〉はせせら笑った。《確かめねばな。奴らめどこかに黄金を隠し、贋金を造るつもりかもしれんぞ》
 《さあてっと》〈キジバト〉が叫んだ。《力をこめて行こうや!漕ぐぞ、めいっぱい漕ぐぞ!この時代遅れの水夫ども、こんにち何が不正に当たるか、とんとご存知ないらしい。俺たちが教えてやらなきゃな。ああ、楽しいねえ!》
 雲の切れ間から、清かな月影が射しこんだ。漕ぎつづけてもう三時間になる。腕の静脈は瘤のようにふくれあがっていた。首からは汗がしたたり落ちた。ノワールムーティエの沖を横切るあいだじゅう、目には風下を逃げゆく巨大なガレオン船の姿が映っていた。その黒い巨軀に舷灯がともり、船首の三角帆は血の染みあとのように見えた。そしてふたたび夜がその戸を閉ざし、黄色い月を隠した。
 《畜生、この野郎!》ペン=ブラスが言った。《もうピリエールも過ぎちまうぜ!》
 《行くぞ、このまま!》〈キジバト〉が歯の隙間から唄いかけた。
 《確かめねばな》〈長老〉がつぶやいた。《海図を出せ。そろそろ外海に出るころだ。ここからは相当吹くぞ。ペン=ブラス、おまえは漕げ!〈キジバト〉、帆綱をゆるめろ!》
 帆に風を孕んだ小型船は、ノワールムーティエとピリエールの間を飛ぶように走った。つかの間三人の税関吏は、円を描いて明滅する灯台の光を目にした。ほのかに光る海の波が、白い稜線に縁どられた岩がちの小島にあたって砕けた。それから、黒い大洋に真の暗闇がやってきた。ガレオン船の曳く澪は、緑の水で織り出した模様の移り変わるリボンのようだった。澪の上にはクラゲの群れが漂っていた。触手をゆらめかせる透明なゼリー。ねばついて透きとおった袋。澄んだ放射状の星。光と粘液の生き物たちの、結晶化した世界。突然、ガレオン船の後部の窓が開いた。歯の折れた口もとをにやつかせ、金色の兜をかぶった頭が、三人の税関吏の方へぬっと出た。痩せた手が一本の黒い瓶を振りまわし、水面へ投げこんだ。
 《おい!》ペン=プラスが叫んだ。《取り舵!瓶が海に落ちたぞ!》
 〈キジバト〉が波に腕を突っこみ、小瓶の首をつかみとった。三人の税関吏は大口をあんぐりと開け、オレンジ色の液体に見入った。波紋が黄金色に浮かびあがった−−またしても黄金。
 ペン=プラスが瓶の首を叩き割り、ぐいぐいとあおった。
 《こいつは古いラムだ》彼は言った。《だがかなりキツイぜ》
 むかつくような匂いが瓶の口から立ちのぼった。三人の仲間たちは、景気づけにと、思うさま飲み干した。
 すると風が起こった。緑のうねりが小型船を縦に横に揺さぶった。櫂は頻波にとらわれた。ガレオン船の航跡はいつの間にか消えていた。四方を海に囲まれて、小船はひとり取り残された。
 ペン=ブラスはまた悪態をつきはじめた。〈キジバト〉は唄いだした。〈長老〉は頭を垂れ何ごとかぶつぶつと呟いた。櫂は波のまにまにたゆたいはじめた。三人の税関吏たちは、右に左に転がりだした。山のような大波が、小船を胡桃の殻さながらに弄んだ。人事不省の税関吏たちは、素晴らしき酔いどれの夢の中へ堕ちていった。ペン=ブラスは黄金の国を見た。アメリカ大陸の沿岸、人々は壺に溢れる柘榴色のワインを飲んでいる。緑なす栗の林に囲まれた小さな白い家にはやさしい妻がひとり。子供たちは大勢並んで、サラダに入れた甘いオレンジを囓っている。ココ椰子の果樹園にラム酒。誰もが平和に暮らすその地に、兵士の姿を見ることはない。
 〈長老〉は、見事な城壁に取り巻かれた円形都市を夢見た。黄金色の葉をしたマロニエの並木に満開の花が咲き誇り、秋の低い陽射しに絶えず照らされている。収税吏はそこで小さなわが家を手に入れ、楽の音が聞こえる城砦の上を散策するだろう。フロックコートには、女房の縫いつけてくれた赤い十字架。長く昇級もない仕事づとめの後で、この美しい隠居生活を、黄金が与えてくれたのだ。
 〈キジバト〉は、蒼い海に縁どられた島へと飛んでいた。ココ椰子の木が満ち潮に浸されている。砂で覆われた海岸を上がると、高い木の立ちならぶ野がひろがっている。その葉は緑の剣を思わせ、血の色をした大きな花はいつまでも萎れることがない。栗色の髪の女たちが草原を横切り、潤んだ黒い瞳で〈キジバト〉を見つめる。海のように蒼い澄んだ空の下、喜びの歌を唄いながら、女たちの赤い唇ひとつひとつにキスをする。黄金で購ったこの島で、彼は〈キジバト〉王となったのだった。
 やがて、海の果てにたなびく黒ずんだ雲のあいだに灰色の太陽が昇り、三人の税関吏たちは夢から醒めた。頭は空っぽ、口に苦みを噛みしめ、目もとは熱に浮かされて。茫漠たる鈍色の大洋の上に、鉛色の空が目路の彼方までひろがっていた。単調な波が船べりを叩いた。冷たい風がしぶきを顔に吹きつけた。小船の奥に陰々とうずくまり、彼らはこの絶望の光景をただ凝視めた。濁った波が藻の塊を押し寄せた。カモメが嵐の予感に鳴きながら飛び交った。波から波を越え、水をかぶってはまた浮き上がり、羅針盤のないスクーナーは運にまかせてつき進んだ。畳んだ上帆に索具の当たる音が響いた。次いで、突風にふくらんだ主帆の、細い帆柱を打つはためきがつづいた。
 暴風雨がやって来て、彼らを南、ガスコーニュ湾の方へと押しやった。細い雨の糸と吹きつける疾風の向こうに、もはやブルターニュの海岸は影もなかった。寒さと飢えに身はふるえ、腰かけた船のベンチは湿気に朽ちていった。砕け散る波が注ぐ水を汲み出す手も、次第に止まりがちになってゆく。飢えに胃袋はよじれ、耳鳴りが彼らを襲った。崩れ落ちる瞬間、三人のブルターニュ人の耳には、脈打つ血の響きにまじり、弔いに鳴るサント=マリーの鐘の音が、たしかに届いたと思われた。
 そして色彩を失った大西洋が灰色の波に乗せ、彼らの黄金の夢、ジャン・フローランのガレオン船と、いまもその船に眠る偉大なるモンテズマの財宝、エルナン・コルテスによって騙し取られ、敬虔なる神のしもべ、スペイン国王陛下のもとへ五分の一税として送られるはずであった黄金の夢を運び去った。転覆したスクーナーの濡れた竜骨のまわりには、巨大なグンカンドリが輪を描いて飛び来たり、大カモメの群れは羽をかすめて旋回しながら、《ガブ=ルー!ガブ=ルー!》*6と叫ぶのだった。


訳注

*1:フランスの沿岸部では「税関吏の小道」 santier des douaniers と呼ばれる道が海岸に沿って張りめぐらされており、密輸を取り締まる税関吏はここを通って監視を行った。

*2:Pen-Brasはブルトン語で「大きな頭」「強い頭」の意。フランス語 Forte-Tête (頑固者、周囲に逆らう者)の直訳。

*3:鏈は120尋または10分の1海里。約185m。

*4:ブルターニュ地方の沿岸部には、海辺の岸壁に開いた洞穴を妖精の隠れ家であるとする伝説が数多く存在する。

*5:ジャン・フローラン Jean Florin (または Fleury )は、ノルマンディー出身の私掠船(敵対国船への攻撃・略取を国王に公認された船舶)船長。1523年、メキシコを征服したエルナン・コルテスがスペインへ向けて送った船をポルトガル沖で襲い、積み荷の黄金を奪うことに成功した。なお、実際のフローランは後にスペインの捕虜となり、1527年、海賊行為の罪によりトレドで絞首刑になっている。

*6:Gab-Lou は税関吏の通称 gabelou をもじったもの。