イタチのオジグ

  ロングフェローの長詩『ハイアワサの歌The Song of Hiawatha (1855) は、北米インディアンの伝説を下敷きにした創作叙事詩として名高い。その第一章と第三章をボードレールがかなり自由な翻訳でフランス語に移し替えているが、うち「平和のパイプ」と題された第一章には、 calumet と呼ばれる先住民のパイプが登場する。これは、赤い石に窪みを穿って火皿とし、葦の茎を吸い筒に用いた、儀礼用のパイプである。シュウォッブの「オジグの死」ではこの calumet が、神意をうかがうための祭具として、また結末にいたり神への決別を象徴する小道具として印象的に描かれている。

 ボードレールによる仏訳のみならず、英文の原著にもシュウォッブは接していたのだろう。そのことは、「オジグの死」の物語を生みだす核となったであろう短い挿話が、ボードレールの訳さなかった部分に語られていることからうかがえる。

 件の箇所は第十六章、イアグーという名の年を経た語り部が、村の若者たちに物語を語って聞かせる場面である。以下、その部分だけを試みに訳出してみよう。

 彼は語った、その物語を

 オジーグ、〈夏の賜い手〉が

 いかにして天に穴を開け

 いかにして天へ昇りつめ

 そこから夏を取って来たのか

 とこしえの夏、心地よい夏を

 いかにしてまず川獺が

 ビーバー、山猫、穴熊

 この大仕事に挑んだのかを

 あしびきの山の高みから

 拳を天に打ちつけて

 額を天に打ちつけて

 罅は入れども割ることならず

 いかにクズリが立ち上がり

 突撃に身を構えたか

 栗鼠のごとくに膝を曲げ

 蟋蟀のごとく腕を引き

 

 《跳び発つやいなや》と、イアグー老

 《跳び発つや、それ!頭の上で

 空が撓んだ、凍った河を

 嵩増す水が持ち上げるように

 また跳んだ、それ!頭の上で

 空が罅割れた、凍った河が

 滾る流れに屈するように

 また跳んだ、それ!頭の上で

 閉ざされた空は粉々に砕け

 クズリは彼方へ姿を消した

 それからオジーグ、魚獲り貂は

 ひととび跳ねて後を追った!》

 見るように、ここでのオジーグ Ojeeg は人間ではなく、fisher weasel と呼ばれるテンの一種(学名 Martes pennanti )で、イタチ科の動物である。このむしろ愛らしい動物の主人公を人間の狩人に置きかえ、その片腕となるクズリ wolvrine を狼 wolf に変えることで、シュウォッブはあの荘重な物語を生みだして見せたのだった。

 なお、本来の北米インディアンの民話では、オジーグは動物でありながら精霊でもあり、冬だけしか知らない国から、息子にせがまれて夏を求めに行くことになっている。供の動物たちを引き連れ、天に近い高山にたどりつくまでの苦難の道のりや、最後に自らの死とひきかえに世界に暖かい季節をもたらす自己犠牲の要素など、シュウォッブの作品とのより深いつながりが見てとれる。この民話は、Project Gutenberg にて公開されている、 Margaret Bemister, Thirty Indian Legends (1917) でも読むことができる。